涙は歌であり、ハートである

12月に入ったというのに、最高気温が18℃。恵みの雨は降り続いていますが、ちょっと動いただけで汗ばむ、サンフランシスコ・ベイエリアから高野ひろ子がお届けします。

ボディーコード、エモーションコードの個人セッション中、肉体やエネルギー体に閉じ込められた感情をリリースした瞬間、ポロポロっと涙を流されるクライアントさんがたくさんいらっしゃいます。また、セッション中には涙は出なかったけれど、終了後に1人になったら急に号泣してしまい、その後とっても晴れやかですっきりとしたというご感想をいただくこともよくあります。中には、『どうしてかはわからないけれど、涙が自然に流れ出た』と驚かれる方も。きっとそれはネガティブな感情という「重荷」からすっと解放された自分自身の魂や肉体、または受け継いだ遺伝的な感情を作りだした大元のご先祖様やそれに影響を受けたすべての人々の安どと喜びの涙だろうと私なりに解釈しています。それに対して、たまにですが、こみ上げる涙を自動反応的に必死に抑えようとされる方もたまにいらっしゃいます。

『今は人が一杯いて恥ずかしいから泣いてはダメ!』
『くっそぉ~、こんなことぐらいで泣いてたまるか~!』
『今泣いたら心配かけてしまうかも・・・』
『男は強くあるべきで簡単に涙を見せるなんて格好悪い』
『小さい時にワーワー泣いて親から泣くな!って怒られたし、もう大人だから泣けない』etc...

理由はいかにせよ、誰しもが湧きあがる涙を裁き、こらえ、抑えつけた経験が、数え切れないほどあるのではないでしょうか?「泣く」という行為は、精神的、または物理的な痛みや苦痛、無力感に対する反応や表現であり、喉、胸、及び胃の辺りへの物理的感覚です。エモーションコードの感情のチャートの中にも、「Crying(泣く)」という感情がありますが、それは「流されなかった涙」を意味します。このブログを読んでくださっている皆様には、もう言わずもがなではありますが、抑制、または押し込んでしまった「流されなかった涙」は、肉体、エネルギー体、オーラやチャクラに閉じ込められ「囚われた感情」としてさまざまな不調和をもたらす原因となります。

『泣きたくなったらところかまわず、狂ったように泣きわめきなさい!』と言っているわけじゃないんですよ。(もちろん、そうしたい!そうしよう!と選択されるのは個々人の自由ですが(*^_^*)) 
ポイントは、泣きたい気持ち、涙がこみ上げてきたら、良い悪い、恥ずかしい、格好悪い云々で裁くのではなく、先ずは一度立ち止まってみてください。そして、『あぁ、今、泣きたいのね』と受け止め、認め、大きく広げた両手でその感情を抱きしめてあげてください。そうすることで感情と同調して振り回されてしまうのではなく、一歩引いて冷静になり、その涙の出所や自分が実はどのような感情を選びたいのか、本当は何を欲しているのか等がクリアに見えてくるでしょう。このテクニックは、「泣く」以外の感情にももちろん使えますよ~。

最後に、私が敬愛してやまないOSHOの言葉で今日のエントリーを〆させていただこうと思います。
涙で「心のお洗濯」。時には必要ですよ(*^^)v

涙を決して恥ずかしがらないように。
自分はまだ自然なのだ、ということを誇りに思いなさい。
表現不可能なことを涙によって表現できることを誇りに思いなさい。
その涙は、あなたの歌であり、
言葉では表せないあなたのハートなのだ。

自分の涙を決して恥ずかしがらないように。
 
by OSHO



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